視神経と下垂体。突きつけられた「究極の選択」とリスク
※この記事は、頭蓋咽頭腫と診断された当事者が、診断に至るまでの経緯を実体験としてまとめたものです。
2回目の脳腫瘍(頭蓋咽頭腫)の手術を控えたあの日、診察室の空気は重く張り詰めていました。
主治医から提示されたのは、手術をすれば助かるという単純な希望ではなく、その代償として背負うかもしれない「2つの大きなリスク」でした。
- 視神経への影響: 腫瘍が視神経に極めて近い場所にあるため、摘出の過程で神経が傷つき、術後に「視覚障害」が残る可能性。
- 下垂体前葉機能低下症の悪化: 下垂体に癒着した腫瘍を剥がすことで、辛うじて残っていたホルモン分泌機能がさらに失われ、一生付き合う障害がより深刻になる可能性。
手術をしなければ、命の期限は見えている。
けれど、手術をすれば、今まで見えていた景色や、体のバランスを失うかもしれない。
「生きるための手術」なのに「何かを失う覚悟」を迫られる理不尽さ。
綱渡りのような不安の中で、僕は手術台へと向かいました。
【2】術後の静寂。主治医が「運が良い」と言った真意
麻酔から覚めたとき、最初に感じたのは「光」でした。
恐る恐る目を開けると、そこにはクリアな世界が広がっていました。
手足を動かし、医師の診断を待つ。懸念されていたホルモン値のさらなる悪化も、奇跡的に回避されていました。
術後の経過説明で、主治医は安堵の表情でこう言いました。
「今回の結果は、本当に運が良かったとしか言いようがありません」
医学という緻密なデータと、ミリ単位の技術を積み重ねたプロフェッショナルが、最後に選んだ言葉が「運」だったのです。
僕はその言葉を聞いたとき、決して「先生の実力を謙遜している」とは思いませんでした。
むしろ、「人知を尽くした者だけが見える、コントロール不能な領域(神の領域)」
に対して、深い敬意を払っているのだと感じました。
病気という「不運」を、最強の「幸運」に塗り替える
そもそも、若くして2度も脳腫瘍になること自体は、紛れもなく「不運」です。
「なぜ自分が?」と、天を仰ぎたくなる夜もありました。
しかし、その巨大な不運とリスクを通過したからこそ、今の私には、健康な時には決して見えなかった「幸運」が見えています。
- 朝、目が覚めて天井が「見える」こと。
- 薬の助けが必要だとしても、ホルモンが体を巡り、今日一日を動けること。
「何も失わなかった」という事実は、ただのゼロ地点への復帰ではありません。それは、当たり前の日常が
「とてつもない奇跡」
に変わった瞬間でした。
まとめ:下垂体疾患と共に。「無理しない生き方」の原点
下垂体前葉機能低下症という難病と共に生きる事実は、これからも変わりません。
体調が良い日もあれば、どうしようもなく辛い日もあるでしょう。
けれど、あの日主治医がくれた「運が良かった」という言葉は、今では私のお守りになっています。
「運」とは、空から降ってくるものではなく、起きてしまった出来事をどう解釈するかで決まるもの。
死の淵から拾い上げたこの「運」を大切にするために。
私は今日からまた、お気に入りのペンとノートを開き、無理せず、自分らしいペースで、この「運のいい人生」を記録していこうと思います。

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[…] 無理しない、僕の生き方ノート 【脳腫瘍手術と2つのリスク】「運が良かった」という主治医の言葉が、僕… 【1】視神経と下垂体。突きつけられた「究極の選択」とリスク […]